【046】明確性要件違反の類型

Q)特許法第36条第6項第2号(明確性要件)違反の具体例を教えて下さい。

 

A)審査基準(第Ⅱ部 第2章 第3節 2.2)には、特許請求の範囲の記載が明確性要件を満たさない場合の具体例が記載されています。以下にそのいくつかを示します。

 

❶請求項に日本語として不適切な表現がある結果、発明が不明確となる場合

 

❷明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、請求項に記載された用語の意味内容を当業者が理解できない結果、発明が不明確となる場合

 

・例)[請求項]

化合物Aと化合物Bを常温下エタノール中で反応させて化合物Cを合成する工程、及び、化合物CをKM-II 触媒存在下80~100℃で加熱処理することによって化合物Dを合成する工程、からなる、化合物Dの製造方法。

(説明)

「KM-II触媒」は、発明の詳細な説明に定義が記載されておらず、出願時の技術常識でもないため、「KM-II 触媒」の意味内容を理解できない。

 

❸発明特定事項の内容に技術的な欠陥があるため、発明が不明確となる場合

・例)[請求項]

40~60質量%のA成分と、30~50質量%のB成分と、20~30質量%のC成分からなる合金。

(説明)

三成分のうち一のもの(A の最大成分量と残りの二成分(B、C)の最小成分量の和が100%を超えており、技術的に正しくない記載を含んでいる。

 

❹発明特定事項の技術的意味を当業者が理解できず、さらに、出願時の技術常識を考慮すると発明特定事項が不足していることが明らかであるため、発明が不明確となる場合

 

・例)[請求項]

金属製ベッドと、弾性体と、金属板と、自動工具交換装置のアームと、工具マガジンと、を備えたマシニングセンタ。

(説明)

請求項においては、弾性体及び金属板と他の部品との構造的関係は何ら規定されておらず、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮しても、弾性体及び金属板の技術的意味を理解することができない。そして、マシニングセンタの発明においては、部品の技術的意味に応じて他の部品との構造的関係が大きく異なることが出願時の技術常識であり、このような技術常識を考慮すると、請求項において、弾性体及び金属板と他の部品との構造的関係を理解するための事項が不足していることは明らかである。したがって、請求項の記載から発明を明

確に把握することができない。

(補足説明)

出願時の技術常識を考慮すると、「金属製ベッド」、「自動工具交換装置のアーム」及び「工具マガジン」については、それらの技術的意味は自明であるが、単に「弾性体」及び「金属板」を備えることが規定されただけでは、弾性体及び金属板の技術的意味を理解できない。また、例えば、弾性体が金属製ベッドの下部に、及び金属板が弾性体の下部に取り付けられ、いずれも制振部材としての役割を有するという具体例が明細書に記載されていた場合は、弾性体及び金属板がその具体例において果たす役割を理解できるとしても、請求項にはそのような構造的関係が何ら規定されていない。そのため、弾性体及び金属板が請求項に係る発明において果たす役割をそのように限定的に解釈することはできない。したがって、明細書及び図面の記載を考慮しても、弾性体及び金属板の技術的意味を理解することができない。

 

❺発明特定事項同士の関係が整合していないため、発明が不明確となる場合

 

・例) 請求項に「出発物質イから中間生成物ロを生産する第1工程及びハを出発物質として最終生成物ニを生産する第2工程からなる最終生成物ニの製造方法」と記載され、第1工程の生成物と第2工程の出発物質とが相違しており、しかも、明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して「第1工程」及び「第2工程」との用語の意味するところを解釈したとしても、それらの関係が明確でない場合

 

❻発明特定事項同士の技術的な関連がないため、発明が不明確となる場合

 

・例)特定のエンジンを搭載した自動車が走行している道路

 

・例)特定のコンピュータープログラムを伝送している情報伝送媒体

(説明)

情報を伝送することは伝送媒体が本来有する機能であり、「特定のコンピュータープログラムを伝送している情報伝送媒体」との記載は、特定のコンピュータープログラムが、情報伝送媒体上のどこかをいずれかの時間に伝送されているというにすぎず、伝送媒体が本来有する上記機能のほかに、情報伝送媒体とコンピュータープログラムとの関連を何ら規定するものではない。

 

・例)請求項に販売地域、販売元等についての記載があることにより、全体として技術的でない事項が記載されていることになるため、発明が不明確となる場合

(留意事項)

例えば、商標名を用いて物を特定しようとする記載を含む請求項については、少なくとも出願日以前から出願当時にかけて、その商標名で特定される物が特定の品質、組成、構造などを有する物であったことが当業者にとって明瞭でない場合は、発明が不明確になることに注意する。

 

❼請求項に係る発明の属するカテゴリーが不明確であるため、又はいずれのカテゴリーともいえないため、発明が不明確となる場合

 

・例)「~する方法又は装置」や「~する方法及び装置」

 

・例)作用、機能、性質、目的又は効果のみが記載されている結果、「物」及び「方法」のいずれとも認定できない場合(例:「化学物質Aの抗癌作用」)

 

❽発明特定事項が選択肢で表現されており、その選択肢同士が類似の性質又は機能を有しないため、発明が不明確となる場合

 

・例)特定の部品又は該部品を組み込んだ装置

 

・例)一の請求項に化学物質の中間体と最終生成物とが択一的に記載されている場合ただし、ある最終生成物に対して中間体となるものであっても、それ自身が最終生成物でもあり、他の最終生成物と共にマーカッシュ形式の記載要件を満たすものについてはこの限りでない。

 

❾範囲を曖昧にし得る表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合

 

・例)否定的表現(「~を除く」、「~でない」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合

 

・例)上限又は下限だけを示すような数値範囲限定(「~以上」、「~以下」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合

 

・例)比較の基準若しくは程度が不明確な表現(「やや比重の大なる」、「はるかに大きい」、「高温」、「低温」、「滑りにくい」、「滑りやすい」等)があるか、又は用語の意味が曖昧である結果、発明の範囲が不明確となる場合

 

・例)範囲を不確定とさせる表現(「約」、「およそ」、「略」、「実質的に」、「本質的に」等)がある結果、発明の範囲が不明確となる場合

 

・例)「所望により」、「必要により」などの字句とともに任意付加的事項又は選択的事項が記載された表現がある結果、発明の範囲が不明確となる場合(「特に」、「例えば」、「など」、「好ましくは」、「適宜」のような字句を含む記載もこれに準ずる。)

 

❿請求項の記載が、発明の詳細な説明又は図面の記載で代用されている結果、発明の範囲が不明確となる場合

 

・例)「図1に示す自動掘削機構」等の代用記載を含む場合

(説明)

一般的に、図面は多義的に解され曖昧な意味を持つものであることから、請求項の記載が、図面の記載で代用されている場合には、多くの場合、発明の範囲は不明確なものとなる。